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裁判員制度広報に関する懇談会(第1回)

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【藤原委員】
今日御欠席の井田先生からのメモ(*席上配布資料3)に,ドイツの参審員にかかわる御親戚の方を通じての御経験談がありました。制度を根付かせるためには,5年後に発足させるということ以上に,非常にたくさんの力を注ぐ必要があるという認識を持つ必要があるのではないかと思います。その上で逆算していって,5年後までにはどういうことをしなくてはいけないのかということを考えるのがよいのではないかと思います。
青年たちの成人式の様子がよくテレビで放映され,いろいろな事件が起こったり問題が起こったりという事実も報道されています。若い方々が成人するというのは大変大きな節目であり,全国的に取り組めるのであれば,まず成人式を一つの機会として,国民としての権利と義務を知らしめ,その情報の中にこの裁判員制度についても事細かく,しかし,その精神は高らかに分かりやすくうたってあるといったものを広く配布するのがいいと思います。成人式のような会を地方自治体で催すかどうかは別にして,大人になった印,成人した印にまずはそのような小冊子が広く配られるということはいいことなのではないかなと思います。どこの家庭にも,成人を迎えた子供がいれば,必ず1冊や2冊はあるというタイプの何か小冊子のようなものが考えられると,大変よいのではないでしょうか。それは,裁判員に選ばれたときに活用するのはもちろん,それ以外にもいろいろな裁判のニュースを聞くにつけ,そのときどきに出してきては見るような形で活用できる,そういう情報が一つのパッケージとなっていることは大変重要ではないかという気がします。
また,井田先生もドイツの例でこのようなことをお考えだったとありますが,まず広く知らしめるというか,広く人々に身近なものとして認識してもらうためには大変息の長い活動が必要で,そのためには,ここにドイツの例が示してありますけれども,諸外国の様々なケースを研究して取り組むというのは大変よいことではないかと思いました。
【小池審議官】
制度が動き出すところから逆算して,というお話がありましたけれども,吉田委員はこれまで制度を作ることについていろいろと御経験がおありかと思いますが,いかがでしょうか。
【吉田委員】
藤原委員がおっしゃったことは,誠にそのとおりだと思います。さらに,そういった分かりやすいパンフレットといいますか,教科書といいますか,そういうものを成人式の中で配るとか,成人のいる家庭に配布するということと併せて,5年先の話ですから,高校生もいずれ対象になるわけですし,学校教育の場でもそういうものを教えていくということも大事なのではないかなと思います。
資料10の裁判員制度に対する意識で,制度導入に対する賛否というのがちょっと意外に思ったのですが,「賛成」が50.4%しかない。これは国会では全党一致で通った法律だったと思うのですが,そういう国会と一般の国民との温度差といいますか,落差がかなりあるのかなという気がします。50.4%が「賛成」で「反対」は39.8%ですが,なぜ「賛成」が比較的少なく50%しかなくて,「反対」が39.8%もあるのか。その辺の理由は何かあるのでしょうか。この調査の中で,どういう理由で賛成,どういう理由で反対という調査はされているのでしょうか。
【戸倉人事局参事官】
これは新聞社の調査結果なので,勝手なコメントはできないのですが,今なぜ裁判に国民が参加するのだという理由づけに関わっているのだと思います。
非常に積極的意義を見出す方もおられると思いますが,他方,かつて審議会の初めのころの議論の中では,今の刑事裁判に問題があるかという見方をしたときに,別に何も問題ないではないか,十分国民の信頼に応えているではないかという議論もありました。もとより,よりよい制度にするという積極的な動機はあるが,自分としては参加までは必要ないだろう,むしろこういうものはプロに任せた方がいいんだという考えの方も国民の中にはおられると思います。そういう方がもしこう聞かれれば,制度も反対だ,かえってプロの方がいいんだという考えがあるかもしれません。反対の理由はいろいろあるとは思いますが,制度導入と自分は参加しますかという問を分けて問われたら,むしろ制度論として今のまま変える必要はないという考えもあったのかもしれません。これはあくまで想像ですが。
【吉田委員】
私もいろいろな理由があると思います。一つは,今挙げられたように,特に刑事裁判については全く専門家の世界のことで,高度な法律的な知識を持った人たちが判断するので一般の国民にとっては非常に参加しにくいと感じているということがあると思います。あるいは,大きな事件について自分の責任で,この人は有罪だ,この人は無罪だと判断するについては,全く自信がないといった気持ちを持っているということもあるかもしれません。もう一つは,実際に裁判員になると相当期間時間的な拘束をされます。選挙でも当日に行って投票すればいいのに投票率は50%台とか60%台という状況ですから,まして裁判員になって数日間拘束されるということになると大変な負担があるという気持ちもあるのかもしれません。
どのようにしていったらいいのかというのはなかなか難しいのですが,今なぜこの裁判員制度を導入したかということについて,どうも分かりにくい面があると思うのです。制度として国民参加ということはいいことなんですが,なぜ今の段階で導入したのかということだろうと思うのです。具体的には今の裁判制度,刑事裁判について,どういう問題あるいはどういう弊害があって,それを回復するためにはどういうことをする必要があって,この裁判員制度を導入することによって具体的にどういうメリットが出てくるのかということが新聞を読んでもよく分からないという面があります。裁判員制度を導入することによって具体的に何が良くなるのかということも明らかにしていくということは大事なことなのではないかなという気がします。
【平木委員】
今,吉田委員がおっしゃったこととほとんど同じようなことを私も考えているのですが,裁判というものに対して国民が持っているイメージというのは,はっきりしているわけではないながら,ものすごく固くて,しなければならない義務とか,面倒くさいこととか,多分そのようなものが山ほどあるようなイメージだと思うのです。今,国民が傾向として持っているのは,面倒くさいことはなるべく他人や機械に任せて,自分たちはそういうトラブルのあるようなところには参加したくない,できれば気楽に過ごしたいみたいなムードの中で,裁判員は最も世の中で大変なことを受け持たなければならない仕事だというイメージがあると思うのです。それはそのイメージで,それなりの責任をとるつもりで参加していただくことはいいことだと思いますが,そちらばかりだとイメージがどんどん下がってしまいます。これは私の印象ですが,裁判というのは,何か悪いことをしたら裁かれるというだけではなくて,ヒューマンエラーの何かを償う方法を教えてもらえる場でもあるという,そんな感じがしています。もちろん,殺意がある人たちとか,そういう人たちにヒューマンエラーなどというのんきなことは言っていられませんが,人は不完全なので過ちをすることがあり,その過ちをしてそれを償うときに裁判というところで考えてもらうと,それ相応の公正で公平な何かが償えるのだという場であってほしいと思っています。今の認識は恐らく全然そんなふうにはなっていないと思います。今,「ねばならない」という義務的なものの方がものすごく強い印象です。そういう意味では,マスコミの方がいらっしゃるところで申し上げるのはちょっと気恥ずかしいのですが,最初に裁判員制度のことを新聞が取り上げたときに,私がまずとても印象深かったのは,裁判員というのはこんなことができるんですよということを言ってくださるというよりは,こうしなければならない,こういう義務があるとか,秘密は守らなければならないとか,そちらの方の印象がものすごく強くて,そういう大変なことをさせられるのが裁判員という印象になっているような気がします。少なくとも私はそういう印象を受けました。そうではなくて,「ねばならない」ことをやらなければならない場ではなく,私たちにはこんなことができるんだという方向で何かPRをしていただきたい,裁判員のいいところ,こんなことが一般の人が参加するといい面があるんだとか,努力をしたり,尽力をしたりした結果こういういい成果が上がるんだという方向で何かPRをしていただきたいと思っています。そういう意味では,ポスターの「皆さんが刑事裁判に参加する制度です」というのはいいなと私は思っています。
【篠田委員】
資料10を見た限りですが,この制度自体について,まず「知っている」と「知らない」というのがあって,「知らない」,「よく知らない」という人たちがかなり多いということで,広報活動していく上では,まず第一段階として制度自体を知らせていくと。実際に,まだちょっと聞いてみて,「そう言えば論議されているね」みたいな話はありますが,既に国会を通っていて,導入するかどうかの段階ではないんだ,もうどのように運営してやっていくか,運用していくかの段階に入っているということを知らない方が実は結構いる。これがまず広報の第一ではないかと思います。
なおかつ,知らせた後に来るものですけれども,非常に抵抗感がある。それが「裁判員制度に対する意識」と,それから「参加するための条件」というこの二つに現れていると思うのですけれども,大変に抵抗がある。「これは私の権利であり義務であるから,ぜひやりたい」という方は少ない。これはどういうことかというと,知った上で二つに分かれていて,一つは,人を裁くことに対しての感情的な恐れと抵抗感がある。もう一つは,生活上の支障ということで,これは全く違う動機ですので,それぞれどのように広報して説得していくかということになってくるかと思うのです。この感情的な恐れ,抵抗感については,一つは知らないということなので,これをどのように知らせていくかという問題になってくる。もう一つは心情的なもので,「そもそもこの私が人を裁くべきではない」という,かなり根っこの深いところで,人が人を裁けるかといった哲学的なところになってきます。それともう一つは,制度自体の導入については,「はっきり反対とは言えないけれども,どちらかといえば反対」の40%近くの人々が当てはまってくるのではないかと思うのですが,専門家ではないので高度な司法的な判断はできないのではないかと,さっき吉田さんのおっしゃった,まさにそのことだと思うのです。これは,この辺の層をどのように説得していくかというところになってくるかと思います。
この恐れと知らないという部分に対しては,ここで随分対策が述べられています。例えば啓発・啓蒙していくに当たっての冊子とかビデオの作成とか,いろいろ対策を考えられると思うのですが,これは裁判員制度についての冊子,裁判員制度そのものについてのビデオみたいなものだとやはりかなり不完全で,裁判についてのものでもかなり不完全と考えています。私自身がよく小説の中で,主人公が何かやって,捕まってくる。例えば,横領をやってしまうとか,著作権法違反とか何かで捕まるという場面を出すことがよくあります。その度に,「ちょっと待って。このとき,警察官はどうやってやって来るの。だれかが通報することによって分かってしまうことが多いんでしょうか。どうするのかしら。」みたいなところで,その度に刑事訴訟法の教科書を出して来ますが,全然イメージとして分からない。そこからどのように裁判になって判決までいくのかという一連の手続上の流れがまず分からない。これも裁判だけではなく,裁判に至るまで何が起きてくるのか分からない。「司法警察官」と書いてあるけれども,「警察官」の上に「司法」がついていること自体なかなかぴんとこない。その辺の裁判を含んだ大きな司法の手続の流れが分かっていないので,ケーススタディーとして,一つ何か疑いをかけられて容疑者となって捕まって裁かれるまでというところを一連の流れにしてビデオみたいな形で作っていただかないと,なかなか裁判員制度の説明だけでは分かりにくいかもしれません。これは裁判員に選ばれた人というだけではなくて,国民全体が,逮捕状はどのようにとるのかとか,何日間拘置できるのか,起訴と不起訴はどういうところで分かれてくるか,それは刑事訴訟法の教科書を見れば分かるけれども,イメージがとにかく分からないです。どこの段階で弁護士さんを呼べるのか,当番弁護士さんとはどんな人で,いつ来られるのか,国選弁護人はどこからつくのか,その辺の細かいことが全然分かってこない。単に裁判員制度だけではちょっと足りないので,「もしあなたが」というところからビデオなり冊子なりを作っていただけるとありがたいなというのは,全く司法については分からない人間からの意見です。

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